最近になって休みではない日にこのブログを更新することは珍しいかもしれません。
あまり意味はないですが、Twitterで呟いていることに誇りを持つことができたのでこの記事を書いています。何それ?Twitterで呟くことが誇り?誰でもできない?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、コツを掴めてないというお話とは別に、それだけの能力がない人もいらっしゃると思います。ふはは、我こそ能力者だ!(!?)
こんなこと書いても何もならないとわりと本気で思います。でも書きます。
何か書きたいのに書けないときってあるじゃないですか。僕なんて小説家になりたい!小説を書くんだ!ってぜっーーんぜん書けないことがしょっちゅうありました。
これはまた少し違うお話だと思います。まあこの場合は小説を書く能力が足りないんですね。想像力とかですね。
Twitterで何でもないことを呟けない人は、自分と価値観が定まってないんでしょうね。
まずそこがしっかりしてないから自分を表現・主張できないし、いいとも悪いとも言うことができない。あーそれは可哀想だな、と思った他人事のあなた!おそらくあなたの方が可哀想な人なんだと思うんです。
まあ、数値化してどっちが可哀想なんてできないのでなんとなく掴んでいただけたらなという感じですが、(文章力があって)自分を主張・表現する必要がなくて、いい悪いとかどうでもいい人って、きっと満たされている人だなーって思うんですよね。要するに幸せな人ですよ。
なんか偉い小説家の、特に昔の文豪とかそんなに幸せそうな印象ないことないですか。むしろ悩みまくってたと思いませんか。
まあ悩まなくても小説を書くことはできるし、Twitterも呟けると思いますよ。
オランダには、知育玩具も幼児向けの英才教育も存在しない。世界が「神童ピアニスト」や「チェスの天才児」の出現に大騒ぎしても、まるで無関心。オランダ人は、自分の子供を「できる子」に育てようとは考えない。https://t.co/NwpYkYOdvR
— 莉心@読書好きの感動ブロガー📚✨ (@ricocoron1) July 6, 2019
まあまずは幸せになればいいと思います。人類が。
僕は不幸かもしれませんが、自分が確立しているということですね。
つまり、繰り返す栗のレクリエーションの確率、とかなんとかまー終わります。