PC価格が高騰している今、買い替えるべきか迷っている人へ

最近、パソコンの価格を見て
「前より高くなってない?」
と感じたことはありませんか。

数年前なら普通に選択肢に入っていた価格帯のPCが、
今見るとかなり高く感じる。
買い替えたい気持ちはあるけれど、
この値段で本当に今買うべきなのか、迷ってしまう。

この記事では、
「買う/買わない」を急いで決めるためではなく、
考え方を整理するための材料を書いています。

■最近パソコンが高く感じる理由

最近のPC価格が高く感じるのは、気のせいではありません。

半導体価格の上昇

円安の影響

全体的な物価の上昇

こうした要因が重なって、
以前と同じ感覚で選ぶのが難しくなっています。

「高いと感じる自分がおかしいのでは?」
と思う必要はありません。
環境そのものが変わっているだけです。

■買い替えを迷うのは自然なこと

パソコンは安い買い物ではありません。
だからこそ、

失敗したくない

すぐに古くなりそうで不安

今のPCでも、まだ使える気がする

こうした迷いが出てくるのは、とても自然です。

「迷っている=決断力がない」わけではなく、
慎重に判断しようとしている状態だと思います。

■今すぐ買い替えた方がいいケース

一方で、買い替えを検討した方がいいケースもあります。

起動や動作が明らかに遅く、作業に支障が出ている

仕事や生活に必要なソフトが快適に動かない

セキュリティ面で不安がある

OSのサポート終了が近い

この場合は、
「価格が高いから我慢する」ことで
ストレスやリスクが増えてしまうこともあります。

■無理に買い替えなくていいケース

逆に、今すぐ買い替えなくても問題ないケースも多いです。

今の作業内容に大きな不満がない

少し遅いが、使えてはいる

価格にどうしても納得できない

こういう状況なら、
焦って買い替える必要はありません。

「高いと感じるなら、今は買わない」
これも立派な判断です。

■今のPCを使い続けるために見ておきたいポイント

買い替えを急がない場合でも、
今のPCの状態を一度整理しておくと安心です。

ストレージに余裕があるか

メモリ不足で動作が重くなっていないか

OSのサポートはいつまでか

これを確認するだけで、
「あとどれくらい使えそうか」が見えてきます。

■判断に迷うなら、一度整理するだけでもいい

買うか、買わないか。
二択で考えると、どうしても苦しくなります。

今は見送る

延命しながら様子を見る

条件が合ったら買う

選択肢はひとつではありません。

状況を言葉にして整理するだけで、
判断はずっと楽になります。

■まとめ|高いから買わない、も正しい判断

パソコン価格が高騰している今、
迷うのは当然です。

焦って決める必要はない

周りに合わせる必要もない

自分の状況を優先していい

納得して選ぶことが、一番後悔が少ないと思います。

個人向けに、PCやWordPressまわりの不安相談を受けています。
「今は買い替えるべきか分からない」段階の相談でも大丈夫です。

「ミスの“前”に何が起きているのか——演奏と反応の前兆を観測する研究を始めました」

人がミスをするとき、その瞬間だけを見ても本当の原因は分からない。
多くの場合、ミスは突然起きるのではなく、その前段階で何かが静かに変わり始めている。

私は最近、「ミスする前兆」をどう観測できるのか、というテーマで小さな研究を始めた。
ここで言う前兆とは、注意力や集中力を評価したり、良し悪しを判断したりするものではない。
むしろ、評価や断定をしないまま、人の状態が揺れ始める瞬間を捉えることを目的としている。

この問題意識は、安全や作業の分野だけでなく、音楽の演奏にも強く関係していると感じている。
演奏中に起きるミスも、単に「指が動かなかった」「テンポを外した」という結果だけを見ても、本質は見えにくい。
実際には、演奏が崩れる少し前から、リズムの安定感や反応の質がわずかに変化していることが多い。

既存の手法では、反応が遅くなった、ミスが増えた、といった“結果”が指標になりがちだ。
しかし演奏でも作業でも、本当に見たいのは、その結果が表に出る前の、ごく微細な変化ではないだろうか。

この研究では、特別な装置や侵襲的な計測は用いない。
日常的な環境で取得できるデータをもとに、個人差を前提とした観測を行う。
また、数値によるスコア化や「良い・悪い」「集中できている・いない」といったラベル付けは行わない。
あくまで傾向としての変化を扱い、解釈を押し付けない姿勢を大切にしている。

このアプローチは、即効性のある改善法を提示するものではない。
だが、安全、スポーツ、作業支援、そして音楽演奏といった分野において、
「何かが崩れ始める前に気づく」ための共通した視点を提供できるのではないかと考えている。

まだ研究は始まったばかりで、具体的な方法や結果については今後慎重に検討していく予定だ。
この場では、まず問題意識と方向性だけを共有しておきたい。

ミスをなくすことよりも、
ミスが起きる前に、リズムや反応の揺れに気づけるか。
その問いに、静かに向き合っていこうと思う。

【飲み会エッセイ】仕事とは何か

このようなエッセイを執筆しようと思った理由に、若者たちが飲み会へ参加したいという意欲が高いという統計の背景があります。まあ、その真偽は別として、そういう方も意外といらっしゃるということが大きいですね。
面白いもので上司がパワハラやセクハラができないとわかると自分たちの都合のいいように開いてくれというスタンスになりますね。ま、そりゃそうですね。
でも何をしてもモラハラと言われてしまう世の中で、僕も飲み会を開きたくありません。

ですから飲み会で完全な後輩に、話すような話題を提供してみようかな、と思った次第です。

さて、仕事とは何か、とか考えてみましょうか。

人類は古代、男性が狩猟で女性が子育て、のように分業をしていました。
群れない動物は子育てから狩りまで自分でします。
イギリスの産業革命以降、マニュファクチャの印象が強いと思います。
みんなで分業すると付加価値の高いものを作れるんですよね。
トヨタ自動車などもいい例で、これらは資本集約型産業と呼ばれ、巨大な設備投資などが必要です。

比較優位論も大事ですね。
AさんとBさんがいて、洗濯と掃除の仕事があるとします。
Aさんはどちらも1時間で終わります。
Bさんは洗濯が1時間でできますが、掃除は2時間で終わります。
二人交代で、毎日とりかかるよりBさんは常に洗濯を仕事にした方がいいというようなお話です。

このポイントは、Aさんが関係ないんです。
自分の得意なこと(好きなことではなく)をやると、社会全体の付加価値が上がるんですね。

人類とオウムくらいしか音楽を予想する能力がないというお話もあります。
オウムはともかく人類は、心地よいビートが種として同じで、それを利用して協力することが容易になります。

つまり、面倒なことを協力・分業することで、世の中に貢献する、ということです。
それが本質的なお話ですね。

それではどのように協力するのか。
日本人が得意な察する、という能力や、忖度(聞こえが悪いですが)をうまくやることなんだろう、と思っています。

上司の顔色とか、よく見てお話するといいですよ。

変化する時代

どうも、トランプ大統領です!TikTokは、めっだよ!

■時流
・中居さんからのフジテレビ問題
・それを隠れ蓑にした中国10年ビザ問題
・トランプ大統領就任

西洋占星術で、風の時代と言われまくっていますが、どうもなかなかそれっぽいですね。

昔はパソコンじゃないとアクセスが難しかったインターネットも、AppleのiPhoneなどの革新によって簡単になり、それにはおまけに不正を録音できるレコーダー機能、写真を簡単に撮影できるカメラ機能がついています。
Xを閲覧・投稿し、企業に突電することも簡単な時代になりました。

闇バイトという単語が定着しましたが、日本の治安も悪くなっています。

多感な10代を平成という時代で過ごした僕は、かなり驚いています。
あの頃って、政治家の不正は忘れられたりして、何を言っても無駄な社会だと思ったものです。
ある意味、平和だったということでもあります。

「昭和かよ」とディスられるようになった令和、団塊の世代がすべて後期高齢者になった2025年、『ONE PIECE』ではないですが、新時代です、いいか悪いか終わってみないとわかりませんが、そういう時代です。

これからは変化が起きる時代です。
政治もやっと試行錯誤してくれるのかもしれません。

人手不足など問題は日本も山積みですが、ChatGPTのようなAIやロボット、あるいは移民で解決できるといいですね。

■本業
これは弟(愛犬)がなくなったショックなどあり、ちょっとイマイチですがそれ自体は問題ないですね。
まだ成長できると思うんですよね。自分の伸びしろを信じて、前進して参ります。

■ドラム

ドラム教室で新しいキックのパターンを練習しています。
有名な曲のものですが、これが習得できればちょっと面白いことができるようになります。

■MTG
MTGAのブロールがちょっと弱いんですよね、構築済みしか持ってないんで、そりゃそうなんですが。
それを強化したいという話と、同じようなフォーマットのパイオニア統率者で、新しいデッキ作りたいですねー

■ポケポケ
昨晩、10回勝てるかやってみました。連勝はできませんでしたが、10回戦時点で7勝3敗くらいの感じでした。

怖いか!?新時代が!!
新時代でも君のこと信じたい、謎に煽って終わりです。

「タリナイ」という病

お腹が空く。摂取カロリーとしては十分すぎるのに、何かがまだ食べ物を求める。
ダイエットされている方は共感してくださるかもしれません。
何かの正体とは一体何なのか。これはおそらく、身体に刻まれてしまった快楽の基準です。
もっと食べろ、食べたらもっと気持ちよくなる。
まあでも、これが根本的に悪いもの、現代に合わないものですが、生物的には間違ったものではないです。

この話はあくまでも導入で、ここからが本題です。
一時、僕はそんな話のように、自分が生まれたときから必要なものを持っていた、ということに気づいていませんでした。気づいたきっかけは思い出せませんが、自分にとって大切なものは、生まれたときから持っていた、ということに気づいたことがあります。

タリナイ。

そう足りないんです、何かが。ずっと何かが足りない。
ないものを求め続けて、あるものを食らいつくして、それでもなお足りません。

病的な何かの足りない基準、それを求めて、僕は色々な行動をしました。
それでも、もちろん足りません。

しかし、気づいたら、足りないのに、まだ足りないのに。
大事な家族や親戚、友人、知り合い、仕事、趣味、こんなにも色々なものを持っていました。
こんなに大事なもの、大切なものがあるのに、僕はこれ以上、何を欲しがっているのか。

それでもなお、欲しいものがあります。

でも、意識できた感覚として、これからはちょっと違います。

「僕は十分満たされている。それでも、欲しいものがあるんだ」
そうやってこれからも求めて参りましょう。

写真はたしか、中秋の名月が、朝に残っていたもの。